メトロに乗って

空港からマドリードの中心部へは地下鉄に乗って向かう。スペイン語ではメトロ・デ・マドリードだ。

今日の宿泊先はグラン・ビアと呼ばれるエリアの近くにある。グラン・ビアはマドリードの中心街を横切る大通りであるが、同名の地下鉄駅も存在する。地下鉄駅はグラン・ビアのまさにど真ん中に位置し、日本で言えば銀座中央通りにある銀座駅のようなものだ。そんな中心部のホテルに滞在する理由は、思い出を振り返るためである。当時遊び歩いたマドリードという町がどう変わったのかをじっくりと見たい。期待にわくわくしながら、私は地下鉄の古い車両に飛び乗った。

グラン・ビア駅は1時間程度で到着するが、3回乗り換えなければならない。今乗っている8号線からヌエボス・ミニステリオス駅で10号線に乗り換え、トリブナル駅で1号線に乗り換える。もっとも2回だけ乗り換える方法もあるにはあるが、停車駅が多く、余計時間がかかってしまう。初めてマドリードに来た時は後者のルートで中心部に向かったため時間がかなり長く感じた。

ヌエボス・ミニステリオス駅に近付くと、車内でアナウンスが流れる。

「次はヌエボス・ミニステリオス駅、6号線と8号線はお乗り換えです」

この懐かしい声を聞くと、10年前に初めてマドリードを訪れた時のことを思い出す。当時の私はバックパックを背中にスペイン国内を旅していた。スペインの地方の町をぐるりと回り、最後にマドリードに立ち寄った。スペイン語はお世辞にもうまいとは言えなかったが、地方によって異なる発音の違いくらいは分かった。田舎町ばかり回っていた私にとって、この地下鉄のアナウンスは衝撃的だった。何とも洗練されたきれいなスペイン語。「きれい」という形容詞がぴったり合う程、耳に心地の良い音が流れてくる。その時私は、いつかマドリードに住んでみたい、そして、このきれいな言葉を習得したいと思った。その願いは数年後に叶うのだが、それ程この地下鉄のきれいなアナウンスは、私に衝撃と感動を与えたのだ。

ヌエボス・ミニステリオス駅からグラン・ビア駅まではすぐだった。グラン・ビア駅で下車すると、私は重いスーツケースを抱えながら、地下鉄出口の階段を上った。